こころ、こんにちは。

COLUMN院長コラム

摂食障害と食べ物依存(2017.02.06)
摂食障害は別名「食べ物依存」といわれ、アディクション(嗜癖) つまり依存症のひとつと考えられるようになりました。元来の依存症の概念である「強迫性」・「衝動性」・「反復性」が摂食障害にも当てはまるとされてきたからです。依存症はその対象物によりこの3つの幅に若…

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カジノでギャンブル依存症は進む(2016.12.16)
「カジノ( IR ) 法案」により、ギャンブル依存症の是非がトピックになっています。これまでもギャンブルといえば日本にはパチンコ・パチスロは存在するし、競馬・競輪・競艇・オートレースといったいわゆる公営ギャンブルもあります。カジノが入ることによって、ギャン…

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こころの病を考えるうえで、日常にあふれる邪魔なモノ(2)(2016.12.01)
これまでも述べましたように、そもそも人の動きや考え方に関しては、目に見えたり感じたりする実体だけではなく、「どういう流れでこのようになっているのだろう」という見方が欠かせません。しかしここで邪魔になるのは、いわゆる世間の感覚つまり常識や良識、あるいは当たり…

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こころの病を考えるうえで、日常にあふれる邪魔なモノ (1)(2016.11.18)
先日のコラムで、依存症の治療は「試す」ことと述べました。しかしこれは依存症の治療だけに通じるものではありません。特に対人関係、物事の考え方、思わず沸き上がる衝動に対する方法など、むしろ依存症の根っこにあるところに効くキーワードになります。ここは2回に分けて…

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依存症とトラウマ治療~騒ぐ人の共通項(2016.11.11)
アディクション (依存症) や過去のトラウマにまつわる治療の基本は、「いまだけを取り扱わないこと」です。本人の過去のいきさつを溶きほぐすことなく、現在や未来のことを話題にしていても、(依存症の人は優しいですから) 付き合ってはくれますが、新しい流れにいざな…

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依存症からの回復は「試す」こと(2016.11.04)
本日は、先日出席した学会の感想から始めさせて頂きます。 あるセッションで、日本に優るとも劣らぬ韓国における依存症についての話がありました。日本と若干様相が異なるところが紹介されていましたが、新しい報告で新鮮な空気を漂わせていた会場の雰囲気とは異なり、私の…

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依存症と子ども(2016.09.12)
医学的な小難しい定義は置いておき、あらゆる依存症の基本定義は「本意ではなくとも、そのことをやりたくなくとも、やらざるを得ないと感じている状態」を指します。本人が不本意ながらやっている依存症ですが、大きなことはこれが周囲にも影響することです。配偶者など身近な…

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むつける(2016.07.21)
私が生まれ育った東北地方には、「むつける」という独特の表現があります。標準語にすると「拗ねる」や「ふてくされる」という意味に近いですが、地元に住んでいた時の感覚をたどると、このように単純ではありません。 やはり土地により独特なニュアンスが含まれるのでしょ…

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依存戦略「既読スルー」(2016.05.10)
「ハマる」には、当事者の背景つまり「ハマらざるを得ない理由」が無視できないことはこれまでも述べました。従って依存症つまり「ハマり」の治療では、各人が抱える事情をカウンセリングや自助グループの中で掘り下げることで見失っていたものや、新たなモノの捉え方を創造し…

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DV後遺症(2016.04.07)
先日話題となった少女の監禁事件から、「適応機制」という言葉が報道に取り上げられました。適応機制とは「その空間や状態に当初は苦痛を感じても、無意識のうちにいつのまにか適応していくようになる」ということですが、これは大きなポイントです。なぜならこの適応機制が続…

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