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メンタルクリニックのもう一つの役割~「衝動」について~

「症状」だけではなく、「衝動」も見つめる

心療内科や精神科を標榜するいわゆるメンタルクリニックは、「こころに起きた様々な症状を診る」と考えられていますが、実は「症状」とは別にもうひとつ目を向けるべき大切な側面があります。それが「衝動」です。
この「症状」と「衝動」の違いは、一言でいえば目に見えるかどうか、つまり可視化できるかどうかの違いです。すなわち、症状は少なからず「現れて」くるものですが、衝動は「現れる」ことはありません。しかしこころを取り扱う上では、むしろ「表れてくる」衝動を掴んでいくことが大切です。

「衝動」の裏返しとしての「依存症」

この「衝動」として取り扱う代表的なものに、「依存症」と呼ばれているものが挙げられます。この「依存症」には、アルコール依存症、薬物依存症といった明確に「疾患」と明記されているものもあります。このような何らかの物質に対する依存症の場合には、依存状態になっている本人の状態が見えるため、病気として取り扱われやすくなっています。つまり裏を返せば、「病気」とは何らかの形で可視化できることが前提となります。

可視化可能な「依存症」、可視化できない様々な「依存」

しかし現実に依存状態には、「依存状態を呈している人に、症状として現れてくる」ものだけではありません。依存の由縁はこころに生ずる「衝動」によるもので、むしろ見えない形であらゆるところに存在していることが多くあります。これは可視化できる「症状」として現れないため、取り扱いが遅れる側面があるため注意を要します。
このような症状を呈さない依存症には、例えばギャンブル依存 (病的賭博)、ゲーム依存、近頃はネット依存があげられます。また過食症や拒食症など摂食障害といわれるものも、これは食べ物や食することへのこだわりという意味で、別名「食べ物依存」ともいえます。摂食障害は低カリウム血症などの電解質異常や低蛋白血症から起こる倦怠感など、身体的な症状に発展する水準も含まれますが、臨床の多くはこころの状態を捉えていくものです。

「依存」と社会問題

このように様々な「依存」は、実は「衝動コントロールがうまくいかない」状態のひとつの形を示しています。そしてこの依存対象は、実は身近にみられる人間関係の中にも潜んでおり、時に社会問題に発展するものも含みます。
例えば会社でのパワーハラスメント (パワハラ) やモラルハラスメント (モラハラ)、セクシャルハラスメント (セクハラ)、あるいは家庭内暴力(DV)、児童虐待、いじめ、ストーキングは、実はいずれも依存の範疇に含まれます。なぜならこれらは明確に可視化できる類のものではありませんが、実はいずれも「人間関係における依存」と位置付けられるからです。そしてこれらの社会問題には、対象となる人間の衝動性が関与しています。
このように人間関係から生じる様々な社会問題の背景には、人間の衝動性を見つめることが無視できません。そしてこの衝動性を見つめることは、実はその人の「欲していること」「我慢していること」「抑えていること」を見つめていくことになります。

衝動コントロール障害とそのこころ

衝動性のコントロールの不具合に基づく様々な疾患や社会問題行動には、次のような特徴があります。第一に思考や行動が繰り返されるという「反復性」の側面、第二に方法が限定的で同じパターンを呈するという「執着性」、そしていったん捉われたら頭から離れず、「やらずにはいられない」という「強迫性」です。依存症と呼ばれるものも、この三つの特徴をあわせもっています。
この三つの特徴の中で、最もキーポイントとなるものは「強迫性」です。なぜなら「強迫性」とは、「やってもためにならないことがわかっているのに」というのが含まれているからです。よって「いつまでも手を洗わないといられない」(洗浄強迫)、「玄関の鍵を閉めたか、あるいは火を消したかどうか何回も確かめないといられない」(確認強迫) といった「強迫性障害」という疾患は、実は衝動コントロール障害の側面を持ちます。
なぜこころの衝動コントロール障害が強迫性を帯びるのでしょうか。これはこの衝動コントロール障害は言い換えると、「満たされない欲求」の裏返しと捉えることができるからです。一見同じものには見えませんが、実は「電車が混んでくると、ドキドキする」といった「パニック障害」、あるいは「明確な原因は不明だが、いつも吐き気がする」といった「身体表現性障害」には、実は「抑えている欲求」が反映されていることがあります。そのように意味から、人間の衝動性が関与している疾患は多岐に渡り、よって症状と併せて目を向けていかなければならないものです。
衝動と「強迫性」のつながり…。それを続けていても事態が展開していかないことを頭では感じているのに続けざるを得ない。このことに本人も大変に疲れてきます。

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