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アルコール依存症治療の分岐点

[2020.02.12]

セリンクロの登場

昨年春に発売されたアルコール依存症における飲酒量逓減目的薬セリンクロ(ナルメフェン)により、当初から予想されている通りアルコール依存症治療は分岐点に立っていると言わざるを得ないでしょう。実際に当院のアルコール依存症(使用障害)の新規患者さんの半数は、セリンクロに興味を持って来院します。

このような変化は、「断酒が必須条件、それでも治癒はない回復を目指す」とされていたこれまでのアルコール依存症治療のスタイルと関係者から見れば、少なからず戸惑いになることでしょう。

セリンクロはなぜ発売されたのか

さて、考えてみれば発売側の製薬会社の方が素直に世の中を見たことになります。
つまり「セリンクロを発売してみよう」となったのですから、その需要があることに正直に向き合った結果、ある意味既存の流れを打破して発売まで進めていったことになります。つまりアルコール依存症やその予備軍といわれる、まだ患者さんとして認識されていない人も含めて、その方々の気持ちつまりウォンツ (WANTS : マーケティング用語の一つ。意識されている際に用いられる ”ニーズ” ではなく、まだ意識にも上っていない欲望を示すことで区別される) は、「酒を一気に、それも完全にやめたいわけではない」ということです。

行動心理で考えると、既存の治療は「現状維持バイアス」に苛まれる

私は依存症に代表される衝動統制障害は、医学に合わせ「行動経済学」に結び付けて、実際の臨床や患者さんへの説明や解釈に取り入れています。いままでも「ハームリダクション」という段階的な流れを提唱されることもありましたが、実際に長年取り組んでしまっている断酒会やAAなどの自助グループは、それではまるで梯子を外されそうな感覚になってしまいます。
 信じるにおける「現状維持バイアス」の影響は、言動よりもとても大きいものと言わざるを得ません。長年取り組んできた信念について「今までと違うことを信じて上手く行ってしまったら、今まで私たちが信じてやってきたことは何だったのか!!」という怒りにも似た想いが出てくることを避けて、最初から変化を望まなくなります。その間に新しい形で行ってきた人はどんどん変化していきます。

これはアルコール依存症に限らない

今回はアルコール依存症の治療の変遷を例にしましたが、「 ”もしかしたらこちらの方がいいのでは?”と頭に浮かびながらも、これまで取り組んできたことを自ら否定したくなくて、”そんなこと上手くいくはずがない” と思い込むようにしたものの、自分が否定したやり方でどんどん上手くいっているのを見せつけられるのにつけ、心の中で辛くなってくる…」という流れは十分あり得ることと思います。そこで柔軟に態度を変化させられるか、今までやってきたものが崩れるのが嫌と感じて頑固に取り組まないか…。ここで見栄や面子など、「現状維持バイアスを司るこころ」が、日本人には大きくはびこります。

このように社会が既存観念に縛られているときほど、実は新しいものが芽生えるチャンスになります。なぜなら、少なからず人間は新しいものを求めたがる動物だからです。

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