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実はギャンブル依存は見つめやすい

[2020.09.15]

多くの依存症は、確実に得られる「結果」を追い求めたもの

依存 (嗜癖) 行為には、言うまでもなくその方にとっての目的が必ずあります。酒で薬物でも過食でも、大抵は「解放されたい」「すっきりしたい」など心理的開放を目指して始まります。そしてその行為の後は、たとえ短時間であっても事前に思い描いた気持ちが確実に得られます。つまり依存症になるためには、結果に対する確実性が必要です。

ギャンブルの場合は「行う前に結果がわからない」

一方でパチンコ・パチスロ、競馬などギャンブルは、事前に想い描いた結果が来るとは限りません。パチンコを例にしても「勝つこともあれば、負けることもある」です。そもそも依存になるほど夢中になるわけですから、確実な結果が欲しいはずです。しかし目に見える確実性がないのに、ギャンブルは立派に依存症になる特徴を持っています。

ギャンブルは犯罪に直結はしませんが、借金など社会的影響が大きいため、依存症の中でもシビアなものに捉えられがちです。しかし様々な依存 (嗜癖) の中で、「やる前に結果がわからない」という特徴を持つのは、ギャンブル依存症だけでしょう。またアルコール依存症のように「否認」もありません。よってギャンブル依存症は、真意を見つめやすい依存症かと思います。

「経過」の魅力 : ギャンブルに向き合わなければならない鬱憤は何か?

実はギャンブルも依存にまで発展するには、やはり確実性が存在します。しかしそれは結果ではなく「経過」への確実性です。つまり「お金」という結果があるに越したことはないが、その目的を目指して努力や我慢をするなら、もとより魅力にならないのです。よってそこには、「(他の人と違って) 仕事ではなく遊びで…」、あるいは「(他の人は負けて)自分は勝つ…」といった気持ちが入り混じっています。

実際にパチプロといわれる人を初めいつも白星で潤うならば、それは努力の成果のため敢えてギャンブルに勇むことはないでしょう。一方でギャンブル依存症の場合、儲けるための試行錯誤は行いません。つまり「勝ち続けるための工夫はしない」ことが、ギャンブル依存症にとって譲れない条件とも言えます。
実はその伏線には、「努力しても報われない」という想い込みが隠れています。過去からこの由縁を紐解き、「そのようになるとは限らない」という価値観を新たに育んでいくことが、ギャンブル依存の治療の骨幹です。

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