こころ、こんにちは。

COLUMN院長コラム

なぜ人は変化を嫌うのか

2019.12.02

アルコール依存症に対する「否認」

昔からアルコール依存症には「否認」というキーワードがあります。「私はアルコール依存症ではない。なぜならその気になればいつでも酒をやめられるから…」というものです。
考えてみれば酒を飲む理由は人それぞれ…。しかしあくまで酒は「手段」であり「目的」ではありません。つまり酒を使うことで得られる「楽しみたい」「忘れたい」などの目的があり、目指す目的が酒以外の手段でも得られるか、または従来の目的より新たに優先する目的が出てきた時に、初めて「さて今後のお酒とのお付き合いの仕方はどのようにしていきましょうか。」となります。
裏を返せば、「酒をやめたい」と言っていても、その方にとって同じ目的を達する他の手段が出てくるか、優先する目的の変更がなければ、交渉の舞台に立てるはずはありません。

今が不満なのに変化に抵抗する理由

現状に満足していないにもかかわらず、新たな変化へ素直に向かえないのには、以下の二つの考え方が交錯するからではないかと思います。
ひとつは、変化に対する効果がなかった時を考えるからでしょう。つまり「動きを変えても何も変わらなかった。(または)変えない方がより良かった」という損得勘定です。
もう一つ、こちらの方が肝ですが、それは結果が良好に変化した時に生じる後悔です。つまり「もし変えて良くなったならば、いままで変えようとしなかった私は何だったのか。もっと早く対処していたらもっと良い状態になったのではないか。」への心配です。
よく考えれば、上の二つの気持ちが巡ってきても、本来落ち込む必要はないのです。ところがこれらの日本的なブライドに駆られる由縁、「正解は一つである」という考えがこびりついているからではないでしょうか。この「唯一存在する正解へのこだわり」は、まさに親から教えられる考え方ではないかと思われます。

現状維持バイアスという防衛本能

このように「やり方を変えてみて、結果が出ても出なくても後味が良くない」という想いを避けるために、現状不本意でも自分からは変えないというのが、現状維持バイアスの大きな伏線でしょう。
しかしこの二つの想いを抱かないようにしつつ、雲行きを変えていく方法があります。それは一見許されないように見えますが、「変えるきっかけは堂々と他人のせいにしてしまう」ことです。旧来の日本人的発想では「ずるい」という価値観になるかもしれません。しかしそもそも人の行動変化のきっかけは環境がほとんどであり、普段意識しない中で私たちは毎日身の回りに「乗って」判断を下しているのです。
よって、いまを変える際にも目の前のきっかけに乗ってみるのはごく自然なことであり、決して許されない基準を使っているわけではないと考えられます。