こころ、こんにちは。

COLUMN院長コラム

アルコール依存症の移り変わり

2019.03.11

アルコール依存症の新薬が発売されて…。

 まずは宮城出身者として、本日3.11に哀悼の意を表します。

 さて去る3月上旬、アルコール依存症に対する薬「ナルメフェン(セリンクロ)」が発売されました。今回の薬は「飲酒の1-2時間前に服用し続けると、次第に酒を飲まなくなる」いう触れ込みです。あくまでこの新薬も断酒を目的としたものですが、今まで「断酒」を絶対としてきた治療が変わる可能性があります。これに伴い大きな変化を受けるのは、断酒継続が必須といわれてきた「自助グループ」と、他ならぬこの依存症治療の先輩方でしょう。

 私としては実はこの流れは歓迎しています。というのも、医師になって早くからアルコール臨床に携わった影響か、「酒の影響で様々な支障を呈するのがアルコール依存症である」と説かれても、元々しっくり来ていませんでした。なぜならこの病気から回復していく人は、ほとんど酒以外の何らかの変貌が見受けられるからです。その変化により心がおさまり、その結果として「酒」が止む。つまり依存症に近づくときも遠ざかるときも、「酒はあとからついてくるもの」という認識です。よって今まで「断酒」が目標となることに抵抗感があったのかもしれません。でもアルコール依存症で断酒を目標とすることは、ある意味教科書的で、誰も違を唱えることが出来にくいことなのです。

しかし「飲酒衝動統制障害」も要らなくなった

 私が臨床に携わって20年程ですが、その間ですら診断基準の変遷があります。簡単に述べると、「あれも依存症、これも依存症」と幅が広くなり、それまで診断基準の核であった「飲酒衝動統制障害」も必須項目ではなくなっています。つまり酒の飲む量がコントロール出来ないということが ”なくとも ”、酒に伴う他の支障が生じていれば、依存症 (現在は使用障害ともいう)に該当します。このように診断基準すら大きく広く変化していること自体、アルコール依存症はこのようなものと言い切れることが出来なくなってきている傾向に思えます。

「酒による影響」から、「心持ちから酒に至る」という流れへ

 そもそも酒での支障は、心の変容から来ているというのは自明の理です。「酒が好きで好きで仕方がないからやめられない」と初診で述べる人はおりますが、この理屈を続けてきた人は自助グループ含めて皆無です。厳密にいえば、巷には存在するかもしれません。しかし心身に支障にもかかわらず、それでも「好き」で飲み続けたいというのは、人間の性質(サガ)として無理があると考える方が無難でしょう。

 「孤独や不安、心の鬱憤を抑えたり紛らしたりするためだけに、酒を使うようになっていること」など、あくまで「心の有り様が本人にとっても不本意な飲酒をもたらしている」ことを示せれば、より依存症が理解しやすくなるのではないかと思います。