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COLUMN院長コラム

共依存が見えるとき

2019.03.06

 昔のアルコール依存症者の妻の様相から

 共依存という言葉は、アルコール依存症の妻で使われました。「夫の酒を嫌がりながら、同時に夫の酒でのしくじりを妻が尻拭いすることで、かえって夫の酒が止まない方向をもたらしている」というものです。妻の尻拭い行動は夫の心に内なる罪悪感をもたらし、その溜まってくる鬱積を一瞬で拭い去るためにまた酒を使うという流れです。これらから依存症治療では「当事者に加害者になってしまったと感じさせないこと」が一つの指針とできるでしょう。
 一方で共依存の妻は、「酒さえ飲まなければこの人いい人なのよ」という台詞がありました。もちろん専業主婦が多かった時代の台詞で、現在はそこまで存在しない言葉かもしれません。やはり女性の就業率が高くなり、妻が夫に身も心も生活も全て頼る家族が少なくなってきているからでしょう。
 しかしそのような環境でも、身近に共依存と思われる場面は散らばっています。例えば既婚女性同士の話の中で、夫の愚痴を話す相手に同調するつもりで「それはひどいね」と返したら、夫の愚痴を言っていた女性の方がムカついたという場面は巷によくありがちだと思います。
 これは「私が間違った夫を選んだっていうの !!」と責められている感覚に飛躍した結果です。つまり「あなたの選択は間違っている」と言われ続けた過去がある人が、このような反応をするのです。

「手のひら返し」で不機嫌になるのが共依存

 このように「自分が夫を批判するのは構わないが、相手が私の意見を積極的に支持してくるのは嫌」という、聞かされている側はたまったものではないと感じるでしょうが、これが身近に共依存者と出会う場面です。前述のように今は都会では専業主婦が少なくなり、以前より少ないかもしれません。
 しかし一方で最近の都市部では「子どもを私立中に入れようと奮起する母親」がこれにあたるかもしれません。これも「この夫を選んだのだから」と、結婚当時の母親の葛藤の表出です。この妙に躍起になるのは「この夫を選んで良かったんだ」と自らの決断を自ら支持したい気持ちの投影であったりします。
 実は「よくあること」の中に、心の依存が潜めていることがあります。これを改めて解きほぐしていくことが、心の鬱憤からの解放の流れとなります。